大連 中秋節の思い出 松浦ケント

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はじめに

 中秋節の頃になると、決まって思い出す。

 そして、ケントの心は、暗くなる。

 この話は、今から13年ぐらい前の話である。

 阜新(フーシン)からやって来た女性の物語だ。

 ケントが、その女性に日本語や日本人の習慣を教えて、顧客を紹介し、働き口を世話して、日本人好みのカラオケ倶楽

部のママさんに育て上げた。

 ケントから日本人らしさを吸い取り、彼女は、大連の水商売の世界で、出世の階段を駆け上がり駆け下って行ったのだ。

今、長江路のカラオケ街は営業していない。

 取り壊されるそうだ。

1.初めてのカラオケ

 彼女の名前は、櫻花(サクラ)という。

 中肉中背、色黒で美人ではない。

 阜新(フーシン)という都市は、遼寧省の省都・瀋陽市の西北西に位置する。

 炭鉱の衰退に絡む多くの問題を抱えている街でもある。

 彼女は、モンゴル族の出身で、家族は、両親と2人の弟と彼女の5人で、両親は教師、家は兼業農家である。

 その年、彼女は、鞍山師範学院を卒業したが、地元に就職口は無かった。

「大連へ行って就職口を探そう」

 櫻花(サクラ)は、同級生と一緒に大連に出て来てみたが、大連での就職探しも簡単では無かった。

「就職先が、見つからないから阜新(フーシン)へ帰らない」

「日式のカラオケでアルバイトしようか」

「中式の倶楽部には勤めたくないわね」

「日式のカラオケには、友達が勤めているから」

「たぶん、紹介してくれるわ」

 彼女は、学校で日本語を習っていたので日常会話がしゃべれる。

 仕方が無いので、彼女は、森ビル裏の日本人ストリートにある日系スナックの"春"に勤めることにした。

 水商売の経験など無かった彼女は、怖くてなかなか店に出る勇気が出ない。

 彼女は、店の裏にあるキッチンから店の様子を見ていた。

 ケントの上司のU氏は、スナック"春"の常連である。

 ケントも、その上司にスナック"春"へ連れて行ってもらった時に櫻花(サクラ)と出会った。

 ケントが、初めて中国のカラオケへ行った時に横に座ったのが櫻花(サクラ)である。

「私の名前は櫻花(サクラ)、貴方のお名前は」

「ケントだ」と名乗った。

 1980年代の大連しか知らないから、「どのようなスタンスで酒を飲み、歌を歌い、服務員(小姐・シ

ャオジエ)とどんな会話をしてよいのか」ケントは戸惑った。

「大連の事情が分からないので、まず、質問から始めてみよう」と思う。

「きみは何歳だ」

「23歳」

「出身は、大連か」

「阜新(フーシン)」

「大連から遠いのか」

「大連から汽車で、8時間ぐらい」

「学校は、何処だ」

「鞍山師範学院」

「学校の先生にならなかったのか」

「求人が無かったの」

「就職は、難しいね」

「この国は、全ての国民が共産党員かね」

「違います」

「入党は、個人の自由意志です」

「この国の共産党員は、ぜんぶで何人だね」

「全国で党員は、約7800万人です」

「この国の人口は約14億人、建国以来一党独裁制を維持しているのに、共産党員の数は意外と少ないね」

「この国では、毛主席の悪口は問題無いですが、周首相の悪口は駄目です」と、櫻花(サクラ)が言った。

 その夜は、そんな話をして、ケントはタクシーで上司をフラマホテルに送ってから、宿舎の海橋ホテルへ

帰り、お風呂に入ってからベッドに潜り込む。

 しかし、眠れないので、ケントは今夜の話を思い出していた。

「この国は、世界最大の共産党が建国以来一党独裁制を維持している。この国に生まれると生まれた時から

全国民が共産党員だと思っていたが、党員の数は意外と少ない」

「毛主席は、この国では神格化された指導者だと思っていたが、現実は少し違うようだな」と、この国に対

する認識の浅さを反省する。

 もう一つ、その夜、スナック"春"で服務員(小姐・シャオジエ)たちと話して感じたことは、この国では、

話の内容にカルチャル・スタンダード(文化水準)の差が区っきりと現われることである。

 例えば、「カラオケ・倶楽部で、服務員と話をして水準が低過ぎると思いませんか」と、S氏が私に尋ねた。

「そうですね。だから、私は、服務員の中から大卒者を選んで話をしています」と、S氏に答えた。

 知らないことは、何でも「不知道(ブジダオ・知らない)」の一言で終わらせてしまう。

 これでは、会話が続かないのである。

「日本語を教えてください」と、明くる日の夕方、櫻花(サクラ)から電話が掛かって来た。

「土曜日の午後或いは日曜日の午前中なら時間が空いてますよ」

「土曜日の午後お願いします」

「場所は」

「私の部屋で、いかがですか」

「友達と一緒に住んでいますから心配要りません」

「住所は、八一路」

「八一路のバス停から電話をくれたら、迎えに行きます」

「日本語の教科書、持ってますか」

「持ってます」

「じゃ、次の土曜日午後一時過ぎに行きます」と言って、ケントは電話を置いた。

2.チイママになる

 次の土曜日、午後一時前に、ケントは、人民路の海橋ホテルの前でタクシーを拾い、八一路のバス停でタ

クシーを降りる。

 そして、

「八一路のバス停の前に居る」と、櫻花(サクラ)に電話をする。

 2~3分経つと「ニイ・ハオ」と言って、バス停の裏通りから彼女が出て来た。

 彼女のマンションは、バス停の裏の3階で、部屋の間取りは2LDK南向きでエレベーターは無い。

 彼女の部屋に着いて、少し、休憩してから日本語の勉強を始めた。

 テキストは、新華書店で売っている中国で印刷された会話本である。

 中学、高校、大学で日本語を習っていたので、彼女は、予想以上に日本語が話せる。

 彼女の場合、実力はあるのだが、日本語を話す機会が少ないのだろう。

 中国には、この種の人が多いように思う。

 日本語を櫻花(サクラ)に教えだして以後、ケントが行くカラオケは"春"と長江路の"LX"の2軒に絞られた。

 その日、"LX"でお客さんと飲んでいると、ママのオンさんがケントの横に座り、「チイママ、なかなか好い人がいないの」

と、チイママを探しているという相談を受けた。

「あなたの知り合いで、チイママ候補いない」

「もし、ご存知だったら紹介して」

「カラオケは、"LX"と"春"しか行かないからあまり知らないよ」

「美人でなくてもいいのなら、紹介できるかも」

「真面目な人だったら、いいわ」

「彼女の名前は櫻花(サクラ)、モンゴル族でもいいですか」

「本人次第です」

「じゃ、ママさん、今度、一緒にスナック"春"へ行きましょう。連絡しますよ」と約束して、お客さんと一

緒に"LX"を出る。

 お客さんをタクシーに乗せた後、ケントは散歩がてら、酔い覚ましに歩いて海橋ホテルへ帰る。

 次の土曜日の午後、ケントは、櫻花(サクラ)に日本語を教えた。

 そして、「LX」のチイママの面接の件について、

「今日の夜、"LX"のママ・オンさんと食事をして、二人でお客さんとして"春"に行くから、その時、チイマ

マの件についてオンさんと話をすればいいよ」

「じゃ、今夜、"春"で待ってるわ」と、彼女と打ち合わせをして、ケントは彼女の部屋を出る。

 南山賓館のロビーで、ケントはオンさんと会って、日本料理"行雲"で食事をした。

 オンさんは、大連の元婦人警官で、日本へ出稼ぎに行き、東京で出稼ぎに来ていた中国人の男と結婚した。

 その後、子供一人を残し、離婚して大連に帰って来て、日式カラオケスナックとマッサージを開業している。

 日本料理"行雲"で、夕食を済ませた私たちは、南山賓館の入り口で、タクシーを拾い、森ビルの裏の日本

人ストリートの入り口で降りた。

 スナック"春"に入ると、まだ時間が早いようで、お客は、私たちの他に1組あるだけだった。

「ニイ・ハオ」と言って櫻花(サクラ)が出てきて、オンさんとケントを席に案内してくれた。

 席に付くと、ケントは、"LX"のママ・オンさんを櫻花(サクラ)に紹介する。

 2時間ほど、彼女たちは世間話をし、ケントは、別の服務員(小姐・シャオジエ)と話をしたり、カラオケを歌ったり

して、スナック"春"を出た。

"春"の前で、タクシーを拾い、長江路の"LX"の前で降りる。

 ケントは、ママのオンさんと"LX"に入り、カウンターに座ってコーラを飲みながら話し出した。

「櫻花(サクラ)は、本当にうちの店に来てくれるのね」

「たぶん、大丈夫でしょう」

「櫻花(サクラ)の他に、もう2人ほどチイママの候補者は居たと思うのですが」

「若い人がいいですね」

「櫻花(サクラ)が気に入りました」と、ママのオンさんがケントに言った。

「じゃ、3日以内に、ママさんに返事すると言うことでよろしいですか」

「それで、結構です」

「じゃ、そういうことで、晩安(ワンアン・お休みなさい)」と言って、ケントは"LX"を出た。

 そのまま、歩いて海橋ホテルへ帰り風呂へ入ってから、櫻花(サクラ)に電話をする。

「ニイ・ハオ、櫻花(サクラ)」

「"LX"のママ・オンさんは、貴女のことを気に入っている」

「はい」

「チイママの件は、よく考えて3日以内に、必ず、連絡をください」と言って、櫻花(サクラ)との電話を

切って、ケントはベッドに入る。

 眠れないので、「なぜ、"LX"のママ・オンさんは、櫻花(サクラ)を選んだのか」と考えて見た。

「たぶん、東京に残してきた娘によく似ていたからだろう」

「そういう理由なら、櫻花(サクラ)が"LX"でチイママになってもうまくいくだろう」と思った。

3.独立

 三日後、

「"LX"のチイママの件、お受けします」と、櫻花(サクラ)からケントに電話があった。

「しかし、独りで店を移るのは不安です」

「では、同僚を2、3人、連れて移籍すればよい」

「そんな事が出来ますか」

「同僚を連れて移籍の件、"LX"のママ・オンさんに話をしてみましょう」

「じゃ、よろしくお願いします」

「何時(いつ)から、"LX"で働くことができますか」

「来月の初めから"LX"で働きます」

「では、"LX"のママ・オンさんに確認を取って、貴女に電話します」と、電話を切った。

「ママさん、チイママの件、来月初めから働き始めると言うことで決めてよろしいですか」

「ええ、それで結構です」

「お願いがあるのですが」

「どんなお願いですか」

「同僚を2、3人、連れて移籍したいと言ってますが」

「チイママの件、同僚を2、3人、連れて移籍という条件で決めましょう」

「それから、ご面倒をお掛けしますが、櫻花(サクラ)に連絡御願いします」

「分かりました」と言って電話を置いた。

 ケントは、お風呂に入ってから櫻花(サクラ)に、

「"LX"のチイママの件、同僚を2、3人、連れて、来月の初めから移籍という条件で決まったよ」

「このあとは、貴女から直接LX"のママ・オンさんに連絡してください」と伝えた。

 そして、ケントはベッドに入り、櫻花(サクラ)がチイママになった夢を見て眠った。

「貴女は、水商売一筋で行きなさい」

 ケントは、彼女の性格をよく知っていたので、彼女が、チイママとして働く前に色々と忠告をした。

 この時、彼女がケントの忠告を聞いていてくれたらなら、今でも、彼女は、大連でカラオケ・倶楽部のマ

マさんを続けていくことができただろう。

 櫻花(サクラ)が、"LX"のチイママになってから2年が過ぎようとしていた。

 彼女は、お客さんとホテルへも行かない。

 真面目に、チイママをしていた。

 "LX"のママ・オンさんとチイママになった櫻花(サクラ)の仲もよくお客も順調に増えている。

 ケントも、櫻花(サクラ)を応援していたので、お客さんが有るたびに"LX"を利用していた。

「このままスムーズに、彼女たちはうまく店をやっていくだろう」と、思った矢先のことである。

 その頃、ケントは、日本語を教えるのとは別に、一週間あるいは2週間に一回、夜、彼女の部屋に遊びに

行っていた。

 その夜、櫻花(サクラ)が、泣きながら帰って来た。

「櫻花(サクラ)、何かあったのかい」

「ママさんに、叩かれた」

「どうして、叩かれたんだ」

「服務員の接客態度が悪かったので、ママさんが怒った」

「私は、お客さんに失礼なことなんかしてないのに」

「連帯責任か」

「せっかく、チイママの仕事を紹介して貰ったんだけど、辞めます」

 ケントは、櫻花(サクラ)を引き止めたが、3日後、彼女は"LX"を辞めてしまった。

「チイママという職業は、疲れるから入れ替わりも激しい。櫻花(サクラ)も我慢をしてきたのだろう」

「しかし、中国人は、ほんとうに、あっさりとしているなあ」と、ケントは改めて実感した。

 ケントは、櫻花(サクラ)にきつく言うことも出来たが、敢えて言うのを止めた。

 チイママの櫻花(サクラ)が"LX"を辞めてから、ママのオンさんは、暫くの間、酒びたりになっていた。

「酒もあまり飲めないママのオンさんが自棄酒(やけざけ)で酒びたりになる」という心境が、ケントには

理解できない。

「"LX"のママ・オンさんとチイママの櫻花(サクラ)とは深い関係だった」と暫く経って、櫻花(サクラ)

からケントは聞いた。

 ケントは、彼女を力づけるために、一緒に食事に行ったり、映画やカラオケボックスに連れて行ったりし

てやった。

「"LX"を辞めたのは、彼女なりの成算があったのだろう」

 それから、櫻花(サクラ)は、休憩を取り静かに考えていた。

 2週間後、「来週の月曜日から、長江路で、カラオケの店をオープンする予定です」と、彼女からケント

に電話が掛かって来た。

「店は、なんという名前」

「"博多"にしました」

「また、応援してくださいね」

「了解」と言って、ケントは電話を切った。

「櫻花(サクラ)は、長江路で名前を売っている」

「彼女は、"LX"に挑戦しようと考えているのだ」

 なぜなら、"博多"の場所は、長江路で"LX"の3軒隣である。

 ケントは、開店日に、お客さん二人と一緒にスナック"博多"に行った。

「いらっしゃいませ」櫻花(サクラ)が、ケントたちを出迎えて、2階の席に案内してくれた。

"博多"の店内は、1階は狭く、2階がメインだった。

 お客さんは、ほぼ満員で日中のカラオケが喧(やかま)しい。

「開店おめでとう、櫻花(サクラ)」

「ありがとう」S氏とO氏を櫻花(サクラ)に紹介した。

 ケントは、櫻花(サクラ)の特別なお客さんということで、ボトルは半額、飲み代は人民元で100円に

してくれている。

"博多"の開店祝いと言う意味も兼ねて、ケントは、シーバスのボトルを3本キープした。

「服務員(小姐・シャオジエ)は、何人」

「9人です」

「"LX"からの邪魔はないのか」

「だいじょうぶです」

 お客さんが増えて来たので、簡単な話をして私たち3人は"博多"を出た。

 3人は、別々に帰宅した。

 いつもの通り、ケントは、散歩がてら歩いて海橋ホテルにもどった。

 開店から1週間、"博多"は満員だった。

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